
自分の城がようやく再開できたので、情けない話も臆せず書いていこうと思う。
サイトを再開した
2026年4月24日。
年単位で改装中だったサイトをしれっと再開した。
ここは元々ブログとして運営していたのだが、SNSに投げた絵が溜まっていくにつれ「ポートフォリオのようにまとめておきたい」と考えるようになった。
それに加え、元々利用していたエックスサーバーの年間費がまあまあ掛かっていたので「もうちょっと安いところで良くないか?」とサーバー移管をするためでもあった。ちゃんと移管出来ているか今でも心配でならない。
そんなわけで一度ブログを非公開のメンテナンスモードに設定し、サイト形式に改装し始めたのだ。
絵の一覧をどう並べれば良いか…とか、スキンやレイアウトはどうしよう…とか、トップページはどうしよう…とか、あれこれ考えている間に結構な年月が経ってしまったのだが、ある日「サイトが本格的に必要な理由」が自分の中に出来た結果、「まあ見れりゃ良いか」と吹っ切れ、あっさりと再公開に至ったわけだ。こだわりが強いのか適当なのか、自分でも自分の事がわからない。
自分にサイトが必要な理由
プロフィールが、ない。
少し話が逸れてしまうが、最近プロフィールの提出が必要になるシーンが増えた。
メディアに顔や文や絵を出すにあたり、自身がどんな人間なのかを示す必要性がある。
写真であったり、肩書のようなものであったり、何をしてきたか、「自分がどんな人間か」という情報だ。
ただ、私には人に話せるようなプロフィールというものがまるでない。謙遜とかではなく、本当に、ない。
学歴もなければ大した職歴もなく、何かを極めた訳でもなければ何かに特別詳しいわけでもない。何度か名乗ってはいるが、あまり自分のことをイラストレーターとも思っていない。
ふわふわと生きて、気付けば今の自分になっていた。書いていて心臓のあたりがキュッとする。
ブログが自分の「ホーム」だった
自分の名前の傍らに「何か」を置くとき、一体何が自分らしいのだろう。私は何をしてきた人間なのだろうと考えた。自分は結局何がしたいのか、何をするのが好きなのか、どうなりたいのかとか、そういう事も考えたりした。
その結果、過去から現在に至るまでふわふわと触れては離れ、結局捨てられずに続けようとするものがあった。何年も消せないこのブログがそれだった。
改装中ではあったものの、ここが自分のホームだという感覚はずっとあった。
「船に乗ったり旅をするのが好きで色々書いたり描いたりしてます。サイトがこれです」と名刺のように出せるものとして、やはりサイトという存在が自分には必要なのだという結論に至った。
SNSでもない、依頼された絵や文の仕事でもない、もっと根っこになるような場所。
ずっと非公開になっていた自分のホームをようやく公開設定にする事が出来て、ここ最近の私はちょっとだけご機嫌だ。
とりあえず続けてみます
少し前はインタビューやコラムで自分の事を話すのが苦手だった。
文字にしてしまうと自分の感情や気持ちに確定ボタンが押されてしまうようで、訂正や追加や削除が出来ないことが怖かったのだ。
今でもちょっと怖い。いや、かなり怖い。もっと別の言い方をすれば良かったとか、ここは言葉を省略しすぎて全然伝わらないじゃないかとか。余計な事を書きすぎたとか。しょっちゅうだ。毎回だ。
この記事だって書いては消して、書いては消して、消して、消して、またこうして書いている。
ただ、それでも書くことは楽しい。
ひとまずは過去の乗船や宿泊の記事を覚えているうちに書けたら嬉しいと思う。
そのうち旅のペースと記事を書くペースが噛み合わなくなるかもしれないし、飽きが来るかもしれない。
それでも今は毎朝ちょっとした時間にPCを開くのが日課になっており、ちくちくと記事を描いたり画像加工をしたり過ごしている。
文章を書くと少し頭がすっきりして、他の仕事も筆が進みやすくなったように感じる。
続かなかったら「また続かなかったなぁ」でも別に良いのだ。
今はこの場所で好きなように言葉を綴りたいと思っている自分の気持ちを大切にしたい。
最後になりましたが、過去に私のブログを好きだと伝えてくださった方、再開を待っていると仰ってくださった方、本当にありがとうございます。結局やめなかったのはその言葉があったからだと思ってます。
